大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和38年(ワ)791号 判決

原告 泉トシコ 外二名

被告 川上一彦

主文

被告は原告泉トシコに対し金三〇万円、

原告泉ヒデ子に対し金七七万四、六一九円、

原告泉真吾に対し金一一八万〇、二七九円、

およびこれらに対する昭和三八年一二月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告は原告泉トシコに対し金三〇万円同泉ヒデ子に対し金八八万二、四五六円同泉真吾に対し金一三九万五、九五六円およびこれらに対する昭和三八年一二月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

「一、原告トシコは、訴外亡泉真澄の実母であり、原告ヒデ子は、訴外泉真澄(以下訴外真澄と略す)の妻であり、原告真吾は、原告ヒデ子と訴外真澄との間の長男である。又被告は、昭和三八年一月頃北九州市小倉区中井五四九番地の二で訴外大昭建設株式会社を設立し、その代表取締役をしていたものである。

二、被告は、昭和三八年八月三日午後七時三〇分頃、前項に記載の箇所にある訴外真澄方六畳間において、玩具の木製刀鞘をもつて、同人の頭部を殴打し、或いは胸部を突いて、同人を右六畳間よりコンクリート張りの炊事場に仰向けに転落させて頭部を強打させ、更に同人の前額部、胸部等を踏みつけるなどの暴行を加え、同人に対し、硬膜下血腫脳浮腫等の傷害を負わせ、同月一〇日前、同区小倉記念病院において、右傷害に基づく頭蓋内出血により同人を死亡させた。

三、訴外真澄及び原告らは、被告の右不法行為により次のとおりの損害を蒙つた。

(一)  訴外真澄の蒙つた損害

(イ)  同人が傷害を受けて死亡する迄の入院費及び治療費並びにこれに伴う諸雑費金九万八、三三三円

(ロ)  同人の得べかりし利益金一五四万五、六〇〇円。即ち同人は、死亡当時、訴外大昭建設株式会社に勤務しており、その月収手取り額は、金一万八、八八〇円であつた。同人の生活費は、月に金六、〇〇〇円で、従つて純収入は、月に一万二、八八〇円、年間金一五万四、五六〇円である。

同人は大正一四年二月二五日生で、死亡当時は年令満三八年六月、従つて平均余命は三〇、二七年であるから、少くとも今后二〇年間は、勤務可能であり、右の年間平均収入に二〇年を乗じた金三〇九万一、二〇〇円の収入を得べきであつたのであるから、これをホフマン式計算法により中間利息を控除した現価に引直すと、計数上金一五四万五、六〇〇円となる。

而して原告ヒデ子は、訴外真澄の被告に対する右損害合計金一六四万三、九三三円の賠償請求権のうち、その三分の一にあたる金五四万七、九七七円の請求権を、又原告真吾は、同じく右金額の三分の二に当る金一〇九万五、九五六円の請求権をそれぞれ相続により取得した。

(二)  原告らの蒙つた損害

(イ)  原告ヒデ子が、支出した訴外真澄の葬式費用及びそれに伴う諸雑費金三万四、四七九円

(ロ)  原告らの精神的損害各金三〇万円

原告トシコは訴外真澄の母であり、原告ヒデ子は訴外真澄の妻であり、原告真吾は訴外真澄の長男であつて、それぞれ訴外真澄が非道な死を遂げたことを悲嘆し、重大な精神的苦痛を受けている。この精神的苦痛を受けた損害は、金銭に見積つて少くとも各自三〇万円に相当する。

四、よつて、原告トシコは、被告に対し、右(二)、(ロ)の金三〇万円の、原告ヒデ子は、被告に対し、右(一)(二)、(イ)(ロ)の合計金八八万二、四五六円の、原告真吾は、被告に対し、右(一)(二)、(ロ)の合計金一三九万五、九五六円の各損害賠償金及びこれらに対する不法行為の後である昭和三八年一二月一五日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、答弁として、次のように述べた。

「請求原因第一項記載の事実は認める。

第二項記載事実中、訴外真澄が昭和三八年八月一〇日小倉記念病院にて死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三項記載事実中、訴外真澄の入院費及び治療費、並びに葬式費用は不知。訴外真澄の得べかりし利益及び原告らの慰謝料については争う。即ち、訴外真澄は、死亡当時訴外大昭建設株式会社から解雇され、月収手取り金一万八、八八〇円の収入はなかつた。又同人が大正一四年二月二五日出生したもので死亡当時年令三八年六月であることは認めるが、同人は、暴飲のため著しく健康を害しており、医師の診断の結果、入院加療するも余命三ケ年位と推定された健康の持主であつた。」

証拠〈省略〉

理由

原告らの身分関係、被告が訴外大昭建設株式会社の代表取締役であつたこと、及び訴外真澄が原告主張の頃主張の場所において死亡したことについては当事者間に争いがない。

そこで、まず、同人の死亡が被告の不法行為に基づくものであるかどうかについて案ずるに、証人泉都美子の証言により成立を認められる甲第二号証、成立に争いのない第一五号証の一、二、三、第一六号証の一、二、第一七号証、第一八号証の一、二、並びに証人川上富美子(後記信用しない部分を除く)、同泉都美子の各証言、及び原告ヒデ子同トシコの各本人尋問の結果を綜合すると、次の事実が認められる。

訴外真澄は、前同市門司区の岡野バルブに勤めていたが、生来の酒好きも手伝つての不成績から、昭和三八年三月頃、退職をよぎなくされたので、被告は、訴外真澄が自分の妻訴外川上富美子のいとこにあたるところから、その妻子である原告ヒデ子、同真吾共々、同市小倉区大字中井五四九番地の二の当時の被告の自宅一階六畳間に住込ませ、前記訴外会社の資材係として働かせていた。しかしその後も、同人は、酒癖がおさまらず、被告はしばしば注意を促していたところ、同年六月末頃、被告が訴外真澄の兄訴外泉勲の家屋を担保に三和銀行より、右訴外会社の運転資金として金一〇〇万円の融資をうける話が、まとまりかけた際、右訴外勲の妻訴外泉都美子の反対により、融資を受けられなかつたばかりか、同銀行との爾后の取引を停止され、信用が失墜してしまつたことから訴外真澄に対しても快よからず思うようになつた。その后、右の事情に加えて訴外真澄が飲酒癖を改めなかつたところから、被告は同人に「出て行け」と云うようになり、同人も七月下旬頃から、原告ヒデ子、同真吾をつれて大分の方に仕事を探しに出かけたりしていた。

同年八月三日午后七時三〇分頃、原告ヒデ子が、原告トシコ方から同人と二人で帰宅したところ、訴外真澄はすでに飲酒していたが、「只今」を云わなかつたと大声で原告ヒデ子を叱り、帳面を投げたので原告トシコがこれをたしなめていたところ、階下へ降りて来た訴外富美子がこれをみて訴外真澄が又乱暴しているものと思い込み、階上にいた被告を呼んだので、被告は階下へおりてきて、訴外真澄が原告トシコと向い合つているのを目撃するや、日頃の同人に対する憤まんと、酒乱に対する折かんの気持とが併せて憤激の余り、同室整理ダンス前附近にあつた木製の玩具用刀の鞘(長さ約三〇センチメートル)一本を取り上げ、無抵抗の同人の頭部を数回殴打し、右鞘が折れたので、手で、同人の肩附近を突いたところ、同人がコンクリート張りの炊事場の上りかまちの方によろめいたので、すかさず、更に一回突いて、同人を右六畳間より右炊事場に仰向けに転落させて、その頭部を強打させ、更に引き続き、右炊事場において、足で同人の前額部を三回胸部を一回踏みつけるなどの暴行を加えた為め、これにより訴外真澄は傷を負い、しばらくは自宅で休んでいたが、同月九日容態が悪くなり同市小倉区宝町五一番地小倉記念病院に入院し、頭部手術が施行されたが、その効なく、同月一〇日午前一一時一〇分頃同病院において死亡するにいたつた。右死因は、前記被告の暴行に基づく右側頭葉および両前頭葉の脳実質の損傷並びに硬膜下出血および脳浮腫によるものであつた。

証人川上富美子の証言中、右認定に反する部分は信用せず、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。

してみると、被告は、右訴外真澄の傷害ないし死亡の結果生じた損害を賠償する責任があることになる。

次に、その損害の額についてみるに、証人泉都美子の証言及び原告ヒデ子の本人尋問の結果、並びに右両名の供述により成立を認められる甲第四ないし第六号証、第九号証、第一三号証によれば、訴外真澄が傷害を受けて死亡するまでの入院費及び治療費並びにこれに伴う諸雑費として合計金九万八、三五〇円の支出がなされたことが認められ、同じく、右証人の証言及び右原告本人尋問の結果並びに右両名の供述により成立を認められる甲第七、八号証、第一〇ないし第一三号証によれば、訴外真澄の葬式費用及びこれに伴う諸雑費として、合計金三万四、四七九円の支出が、原告ヒデ子によつてなされたことを認めることが出来る。

進んで、訴外真澄の得べかりし利益について案ずるに、同人が大正一四年二月二五日出生したものであり、死亡当時年令三八年六月であつたことは当事者間に争いはない。成立に争いのない甲第三号証、及び証人川上富美子の証言、並びに原告ヒデ子の本人尋問の結果によれば、訴外真澄は少くとも生前四ケ月間は、訴外大昭建設株式会社に勤務し、毎月額最低金一万八、八八〇円の手取り収入があつたことが明らかである。而して、前掲甲第一五号証の一、二、三によれば、同人には他に資産もなく、右月収が全収入であつたこと、同人の家族は同人を含めて三人であつたことが認められ、右事実から、同人自身の生活費額は一ケ月金六、三〇〇円を上廻らないことが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、同人は、前記月収から右生活費を差引いた金一万二、五八〇円が毎月の純利益ということになる。なお、同人は死亡当時年令満三八年六月であつたのであるから、当裁判所に顕著である厚生省発表の第一〇回生命表によれば、平均余命は三二、六一年である。しかしながら、成立に争いのない甲第一七号証、第一八号証の一、二、及び証人柏木晋一郎の証言を綜合すると、訴外真澄は、生前暴飲のため四、五年前から肝臓を害し、肝硬変症であつたこと、四、五年前は中症であつて一時は好転していたが、昭和三八年八月には重症であつたこと、同病気は一般的には三年ないし一〇年位で死亡する率が高いこと、訴外真澄自身、すぐ致命傷になる程でなくても割合に病気が進んでおり治癒よりもいわゆる「じり貧」状態であつたことが認められる。しかしながら、昭和三八年八月における病状の悪化は、被告の本件不法行為に基づくものと認められ、訴外真澄の右病気は、四、五年来の慢性的なもので、養生のいかんによつては、なお長命を保つ可能性がないとは云えないこと、しかも、現実にも、一時的に病状の好転が見られていたことなどを併せ考えると同人は今后少くとも一〇年間は余命を保ちうるものと認めるを相当とする。そしてその年令の点から考慮して少くとも右期間は勤務可能であつたと認められる。

そこで、月額純利益金一万二、五八〇円を基礎として、爾後一〇年間の得べかりし利益から民法所定の年五分の割合による中間利息を控除した現価をホフマン式計算法により算定すると、金一二二万二、〇八六円(円以下四捨五入)となる。

而して、前記入院費等合計九万八、三五〇円のうち、原告らの主張する限度での金九万八、三三三円、及び右訴外真澄の得べかりし利益金一二二万二、〇八六円、合計金一三二万〇、四一九円は、同人の蒙つた損害であるところ、原告ヒデ子及び同真吾が、いずれも訴外真澄の相続人であり、その相続分がそれぞれ三分の一及び三分の二であることは、成立に争いのない甲第一号証の一により明らかであるから、結局原告ヒデ子は前記合計金一三二万〇、四一九円の三分の一である金四四万〇、一四〇円の、原告真吾は同じく右合計金員の三分の二である金八八万〇、二七九円の各損害賠償請求権をそれぞれ相続により取得したことになる。

最後に、原告らの受けた精神的損害の点についてみるに、被告の本件不法行為によつて、原告トシコはその子を、同ヒデ子はその夫を、同真吾は、その父を失つたのであるから、原告らが極めて大きい精神的苦痛を蒙つたことは明白である。

原告らのこの精神的損害に対する慰謝料額は、前記認定の本件不法行為の態様、その他前掲証拠にあらわれた一切の事情を考慮しても、各原告に対し、それぞれ少くとも金三〇万円を下るものではない。そうすると、結局被告は、原告トシコに対しては、右慰謝料三〇万円、同ヒデ子に対しては訴外真澄の葬式費用等金三万四、四七九円、相続により取得した損害賠償請求債権金四四万〇、一四〇円及び右慰謝料金三〇万円の合計金七七万四、六一九円、同真吾に対しては、相続により取得した損害賠償請求債権金八八万〇、二七九円及び右慰謝料金三〇万円の合計金一一八万〇、二七九円の各損害の賠償義務があることになる。

よつて、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告トシコが金三〇万円、同ヒデ子が金七七万四、六一九円、同真吾が金一一八万〇、二七九円およびこれらに対する不法行為の後である昭和三八年一二月一五日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合の遅延損害金を求める限度において、理由があるので、これを容認しその余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田畑常彦 丹宗朝子 渕上勤)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例